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この子らを世の光に


 4月から横浜港南台の自宅近くの障害者福祉ホームで、お手伝いを月2回ほどすることになった。知的障害者のデイサービス事業所だ。先日、初めて事業所を訪問した。20人ほどの利用者さんがお絵描きや工芸や機織りをしていた。

 皆さん個性豊かで、部屋に入ると、著者のそばにすぐ寄ってきて手作りの名刺を渡してくれる方がいた。名刺には手書きで「刑務官〇〇」と書いてある。刑務官になりたいそうだ。ニコニコしながら話かけられた。皆さんそれぞれ作業に熱中している。

 この中で、おもわず糸賀一雄(いとがかずお)の有名な言葉を思い出した。「この子らを世の光に」。糸賀一雄は日本の障害児福祉の教育の父とよばれている。そして糸賀はプロテスタント信仰に生きた実践者でもある。

 「この子らを世の光に」という言葉は、新約聖書「マタイによる福音書」5章14節に由来している。「あなたがたは、世の光である。山の上にある町は隠れることができない。」 糸賀一雄は、当時「教育不能」とされた子どもたちに出会い、こう思った。「この子らは『世の重荷』ではない。この子らは『世の光』なのだ」。

 糸賀は戦後間もない1946年、京都大学哲学科を出て滋賀県の県職員を務めていた。そして滋賀県大津市で知的障碍児や戦災孤児のための施設、近江学園を創設に努力する。その後、1963年には重症心身障碍児施設の先駆けとなる「びわこ学園」も創設する。

 しかし糸賀は1968年に大津市で県の新入職員のための講演中、持病の心臓発作で倒れ、帰らぬ人となる。まだ54歳という若さだった。