
ルネサンス期のイタリアでは、貴族の女性たちが「ベラドンナ(bella donna=美しい女性)」になるため、ベラドンナと言う植物の抽出液を目にさして瞳孔を拡げる美容法を行っていた。ベラドンナとは学名をアトローパ・ベラドンナ(Atropa belladonna)と言い、ナス科の植物で日本ではチョウセンアサガオとして知られている。その実や根から抽出された液にアトロピン、スコポラミンなどの抗コリン作用をもつアルカロイドが含まれている。抗コリン作用すなわち副交感神経を遮断する作用、つまり交感神経を活発にする作用のため、瞳孔が拡大してうるんだ黒目がちの美人の目になると言うワケだ。
しかし、ベラドンナの抽出液を目に垂らすことで、副作用もある。ベラドンナ・アルカロイドによって一時的な視覚障害や、精神症状、まれに失明に至ったケースも報告されている。死と隣り合わせの美容法だ。
実は日本でもベラドンナがもたらした災いがある。日本にやってきたシーボルトが、瞳孔を散大させるベラドンナを持ち込んだ。白内障の手術には瞳孔を広げる必要がある。シーボルトが伝えたベラドンナは日本ではハシリドコロと言う植物で、ベラドンナと同じ作用を有することを伝えた。その技術をシーボルトから学んだのは安芸の国の眼科の開業医の土生玄碩(はぶげんせき)だ。シーボルトにベラドンナを教えてもらったお礼にと差し出したのが徳川の葵の紋の入った紋付だ。これが禍根を招く。
シーボルト事件が起きて、土生が葵の紋の入った紋付をシーボルトに渡したことが幕府の知るところとなる。このため土生は罪に問われ、投獄されることになる。
歴史の中で災いをもたらしたベラドンナだが、日本の西洋の眼科技術の導入には欠かせない植物だった。
