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マムダニのニューヨーク


 1980年代後半にニューヨークのブルックリンの黒人街で家庭医としての研修を受けて居た。その時思ったのはそこに集まる医師たちが社会主義的な思想の持主が多いのではないかということだった。まるで昭和の日本の都市のセツルメント活動に集まってくる医師のようだと感じた。

 このことを思い出したのは、ニューヨークでマムダニ市長が誕生したというニュースを聞いたときだ。ニューヨーク市長に当選したゾーラン・マムダニ氏は自らを民主社会主義者だと名乗っている。彼の政策は、富裕層への課税強化、家賃凍結、バスの無料化、食品スーパーの公営化など、都市の生活者に寄り添うものばかりだ。これは、かつてブルックリンで出会った社会的使命感を持つ医師たちの姿勢と、どこか響き合っているように思える。

 1980年代にはすでにマンハッタンにはトランプタワーがあった。その前を通ったこともある。トランプを生んだのもニューヨークだ。トランプのニューヨークとブルックリンの黒人街のニューヨーク、どちらも同じニューヨークだ。

 トランプタワーのきらびやかなガラスの壁に映るマンハッタンの空と、ブルックリンの黒人街で響く子どもたちの笑い声や、診療所の待合室のざわめき—どちらも1980年代のニューヨークだ。でもそこに流れている価値観や暮らしのリズムはまるで別世界だ。

 トランプのニューヨークは、資本主義の象徴としての「上昇志向」「自己責任」「富の集中」を体現していた。一方でブルックリンの黒人街で出会った家庭医療の考え方は「連帯」「ケア」「生存のための知恵」が息づいていた。その両方が同時に存在していたことこそが、ニューヨークだ。ニューヨークの奥深さであり、矛盾でもあり、可能性でもあると感じる。

 結局、私はマンハッタンにはなじめなかった。ブルックリンの黒人やユダヤ人の多いクラークソン街での医師としての研修が今の自分を形作っているような気がする。豊かさよりも福祉の大切さを求めて、現在勤務している日本医療伝道会衣笠病院グループに導かれたような気がする。

 横須賀市にある日本医療伝道会衣笠病院グループの精神はマタイの福音書の「あなたがたがこれらの最も小さい者のひとりにしたことは、わたしにしたのです」の中にある。たとえば衣笠病院グループの老人保健施設では無料低額医療の実践を行っている。これは低所得の高齢者に「必要な人に届く水を絶やさない」ための実践だ。また家庭内暴力や、雨漏りで住むところを失った高齢者のための一時的な住まい(ショートステイ)も提供している。マタイの福音書で述べているように「食べさせ、飲ませ、宿を貸す」ことがグループの創立の精神だ。それは単なる支援ではない。存在を肯定するケアのことだ。社会の周縁に押しやられた高齢者に、もう一度「居場所」を差し出すことだ。

マムダニ氏が切り開く次のニューヨークに期待したい。

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