
2010年ごろ長野県諏訪郡富士見町にある富士見高原病院の古い結核病棟を見学したことがある。富士見高原病院は1926年(大正15年)に富士見高原療養所として設立された。八ヶ岳山麓の高地での結核療養を主な目的としたサナトリウムだ。抗結核剤が発見される前の結核療法は「大気」、「栄養」、「安静」しかなかった。
富士見高原病院の初代の院長は文学の素養にも秀でた正木不如丘(まさき ふじょきゅう)医師で、その交友関係から、堀辰雄・竹久夢二・横溝正史らの文人もここで療養生活を送った。堀辰雄の「風立ちぬ」の舞台もこの療養所だ。
富士見高原病院の見学の目的は結核療養所の病棟と手術室の見学だ。かつての結核療養所には病棟に手術室が併設されていた。
当時、結核の外科的治療では胸郭形成術が行われていた。胸郭形成術(きょうかくけいせいじゅつ)とは、結核病巣のある胸郭の肋骨を切除することで、結核病巣を押しつぶす手術のことだ。富士見高原病院の資料館には当時使われていた開胸術の器具が残されていた。肋骨を切断する肋骨剪刀や、肋骨の骨膜をはがし肋骨を持ち上げるエレバトリウムやリュールが並んでいた。
著者も旧国立横浜病院に勤務していたとき、肺がんの手術で開胸術を行ったことがある。もともと国立病院や国立療養所は戦前から結核治療を担っていた歴史から、開胸術が良く行われていた。そんな時に使っていた開胸術の器具が富士見高原病院に展示されていたので、懐かしかった。
しかし2012年、富士見高原病院の旧結核病棟も老朽化のため取り壊されたという。戦前のサナトリウムの史跡がまた一つ消えた。
